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【2017/04/28 17:12 】 |
Kukai response and a question to Korean blood supremacism



Ron Green's text

KU-KAI, FOUNDER OF JAPANESE SHINGON BUDDHISM.


参考資料References

Sorry, references are all Japanese and classical Chinese.

任那と4県割譲問題
http://www.geocities.jp/rekishi_chips/kokkyou2.htm


日本書紀Nihon Shoki


-任那4県割譲Cession of Mimana 4 prefectures
http://www.j-texts.com/jodai/shoki17.html
(《継体天皇六年(壬辰五一二)十二月》冬十二月)

-金村失脚Kanemura lose power.
http://www.j-texts.com/jodai/shoki19.html

(《欽明天皇元年(五四〇)九月己卯【五】》九月乙亥朔己卯)

三国志 東夷伝 Sanguo Zhi
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/kanseki/gi-toui.html

新撰姓氏録 Shinsenshoujiroku
http://homepage1.nifty.com/k-kitagawa/data/shoji.html

グリーン氏がスルーした佐伯氏が大伴氏出身ではないという学説について。
About the recent research that questioned Saeki of Sanuki was from Otomo clan that Green ignored.

http://shushen.hp.infoseek.co.jp/keijiban/saeki-sa1.htm
「(1)については、太田亮博士の『姓氏家系大辞典』サヘキ条の記事にありますが、その基礎となっているのが『三代実録』貞観三年十一月十一日条の記事です。
 すなわち、讃岐国多度郡人の故佐伯直田公(空海の父)の子や孫、故従五位下鈴伎麻呂・書博士豊雄らの故人を含む一族十一人に対し佐伯宿祢姓を賜り、左京に移貫したという記事ですが、この賜姓にあたり、当時正三位中納言兼民部卿の地位にあったあった伴善男が、正六位下書博士佐伯直豊雄の系譜の主張を家記に照らして検討するに偽りではないと奏言したので、これに従った措置であると同書に記されております。
 
 伴善男は、貞観二年に中納言となり、同六年には大納言となって、この頃から左大臣源信らと対立を深め、同八年には応天門事件が起きていますので、様々な勢力拡大策を講じていたことは考えられますし、讃岐の佐伯直氏の本来の系譜は播磨国造と同じく稲背入彦命(景行天皇の皇子と称していた)の子孫に当たりますので、善男の奏言は明らかに虚偽であったわけです。」
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【2010/08/30 09:02 】 | Buffon Videos | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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