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石川五右衛門忍者説の出どころといえば賊禁秘誠談という江戸期の小説。実録物とは言うが江戸時代にありがちな脚色が施された歴史書だ。 Where Ishikawa Goemon = Ninja theory originated from? It's Zokkinhiseidan a novel published in Edo period. 賊禁秘誠談の石川五右衛門像はこのようなもの http://www.pref.mie.lg.jp/gkenmin/hp/igabito/ninja_map/colum/colum_b.html 伊賀国石川村に文吾という者が上忍百地三太夫の弟子となり忍術修行をしていたが、三太夫の本妻と密通し妾の式部を井戸に投げ殺し金を奪ったので破門され、京都に逃げ石川五右衛門と名のり大盗賊になる。後に太閤秀吉の命まで狙ったが千鳥の香炉がチリリと泣いたため見つかり釜煎りにされた。 According to Zokkinhiseidan There was a man named Bungo in Iga, he became Momochi Sandayu's student, learned Ninjutsu. But he had an affair with Sandayu's wife, killed Sandayu's corcubine and robbed money. He ran away to Kyoto and became Great thief, named himself Ishikawa Goemon. When he attempted to assassinate Hideyoshi, the insense burner on the side made noise, then he was captured and boiled alive. ドラマチックでいかにも脚色だ。 では賊禁秘誠談がいつ頃かかれたものかというと、磯田氏の研究では It sounds so fictional. Then when did Zokkinhiseidan was written? According to Associate professor Isoda Michifumi http://70901503.at.webry.info/201106/article_4.html この「賊禁秘誠談」は江戸時代、絶対に出版できない禁書であった。それまでは密かに筆写され、今日に伝えられたのだが、いつ誰が書いたのかも、はっきりしない。ただ一点だけ、東武残光という者の寛文7年(1667年)夏の序文のある写本が愛知県新城市のふるさと情報館にある。国文学を研究する細谷敦仁さんによると、「賊禁秘誠談」は近世後半に書かれたものではなく、かなり古い可能性があるという。 Zokkinhiseidan was banned book during Edo period. The book was secretly copied and handed down to today. One of the copies in a museum in Aichi was written in 1667. According to Hosoya who's Japanese literature researcher, it is possible that Zokkinhiseidan was written much earlier than what we think. その磯田氏の見解では http://www.noevir-hk.co.jp/magazine/2011/12/post_301.html 石川五右衛門の出生地は、諸説があって定かではないが、「一色軍記」によれば、天正十年(1582)明智光秀に織田信長が殺された、混乱の時代に誕生したとされている。五右衛門の父は、京都・伊久地村別城の城主で、大名”一色氏”の重臣でした。 しかし、明智光秀側についた一色氏は、細川の軍勢に攻め滅ぼされ、五右衛門の父と兄は殺されてしまいました。 難を逃れた末弟の五右衛門は、その後大泥棒になって、歴史にその名を残したのです。 Isoda's research on Ishikawa Goemon There are different theories where Goemon was born. According to Isshiki Gunki, he was born in 1582 as a son of castellan of Ikuchi castle. His father was retainer of Isshiki clan. Isshiki clan was on Akechi's side so his father and older brother were killed. Goemon was abled to escape and became historic thief. 要するに石川五右衛門は石川左衛門尉秀門の息子で、家が滅亡したあと泥棒になったということだ。 ただその根拠は一色軍記という「軍記物」 軍記物は一種の小説で、これもまた江戸期らしい脚色がされているのである。 すべてがすべて嘘ではないが、2重3重の確認が必要とされるものだ。 So Goemon was son of Ishikawa Saemonnojo Hidekado, he became thief after his family were gone. But the source was "Gunki" Gunki is a kind of novel. Everything on Gunki isn't incorrect but it is necessary to find other back-ups. これは石川五右衛門丹後説というらしいのだが、これについて丹後の郷土史家はどう言っているのかというと、 That is called Ishikawa Goemon was from Tango theory. According to the research group in Tango, http://zarameya.blog.fc2.com/blog-entry-4.html 昭和四十四年に発刊された「野田川町誌」 では、地元の郷土史家たちが本格的に資料の収集、分析を行い、その結果が「石川五右衛門の出生地考」として収録されている。 さて、そのいきさつを同町幾地に住む郷土史研究家、 浪江重雄さん(六三)の説明でひもといてみよう。 それによるとまず、舞鶴市立西図書館にある『丹後 旧事記(くじき)』という本が登場する。この本は、江戸時代初期から中期にかけて編さんされたものらしいが、 丹後地方史を語るうえで比較的価値の高い資料だという。その中に、「秀門、天正十年田辺城(宮津城説もある)にて討死、嫡男文吾秀澄は弓木山の戦(与謝郡岩滝町)に討死す。次男五良左衛門はのち大閤秀吉公の伏見城にはいり千鳥の香炉を盗んだが、仙石権兵衛につかまり、京都七条河原にて御仕置うける」との記述がある。 "History of Nodagawa-cho" was published in 1968 by local history researchers and the book contained "Birth place of Ishikawa Goemon" One of the researchers Namie explained, There's a book called "Tango Kujiki"(Old things of Tango) in Maizuru West library. The book was compiled between early to middle Edo period and it is comparatively reliable source when talk about history of Tango. The book says "Hidekado killed in Tanabe castle in 1582, Oldest son Bungo Hidezumi was killed in the battle of Yumikiyama. Second son Gorozaemon sneaked into Fushimi castle to steal Hideyoshi's insense burner, but he was captured by Sengoku Gonbei, executed at reverside of 7Jo, Kyoto." 「丹後 旧事記」は一色軍記より古いもののようだ。 ここでもうひとつ面白いところから記録が出てきた。(上記と同じリンク先) 五良左衛門の姉か妹にあたる人の子孫が代々伝わったという系図を昭和39年に公開したそうだ。 Tango Kujiki seems to be older than Isshiki Gunki. There's another discovery, descendant of Grozaemon's sister publicized historical document in 1964. 五右衛門幾地出生説は、この秀門の嫡男、文吾秀澄の妹、菊寿が嫁いだ坂根斎――秀門の次の城主、その後代々庄屋を務める―― の子孫(養子)が名のりをあげたことで急浮上した。この人は、大阪市内に住む坂根さんで、坂根家十五代日になる。昭和三十九年、同家で「代々家宝として間外不出、 人に見せてはならぬ」との口伝が残る系図が見つかった。系図には「文化十二年(一八一五)写す」と記されているが、それには、石川次郎秀廉から始まり、石川左衛門尉秀門へ、 そしてその下に右から連名で、文吾秀澄、菊寿、五良左衛門とある。つまり『丹後旧事記』の中に登場した「次男五良左衛門」が、 初めて実在する他の資料の中に浮かびあがった、という訳でる。 The Goemon Tango theory was surfaced when descendant of Gorozaemon's sister came out. He's the 15th head of Sakane clan. In 1964, the family tree paper was discovered in his house, they were told the family tree was not allowed to show other people for generations. (But they never seen it actually) The family tree was copied in 1815, it started from Ishikawa Jiro Hideyasu, there's Hidekado and his children Hidezumi, Kikuju, and Gorozaemon. In short, Gorozaemon on Tango Kujiki appeared on actual historical record. てなわけだ。 五良左衛門と五右衛門が同一人物という確証はないが、秀吉の香炉という共通点で繋がる。 しかしそれでも彼がどうして大盗賊になったのかわからない。 石川五右衛門の記録で一番確実なのはこのあたりだろう。 It is unclear whether Gorozaemon and Goemon were same person or not. But there's the common episode of Hideyoshi's insense burner. Though it is still mystery why he became a thief. One of the most reliable source of Ishikawa Goemon is, http://blog.goo.ne.jp/my-encyclopedia/e/577b4b0c3dd6dfc4079e8dbeea3cbd44 日本に滞在していた貿易商人アビラ・ヒロンの書いた書物にも 「都を荒らしまわる盗賊団があり、其の中の15人の頭目が官憲に捕えられ、京都三条の川原で生きたまま煮られた」(『日本王国記』1656年著)という記述があり、当時イエズス会の京都修道院長だったペドロという人物が、これらの盗賊の首領の名前を「ixicava goyemon」だったと注釈している。 “Relación del Reino de Nippon a que llaman corruptamente Jappon”(1656) Bernardino de Avila Giron described "There was an execution of 15 bandits in Kyoto, they were boiled alive at riverside of 3jo." Pedro Morejon the spanish missionary who was in Kyoto at the time noted the leader of the bandits was "Ixicava goyemon" http://www.kufs.ac.jp/toshokan/gallery/senk37.htm とりあえず石川五右衛門という盗賊の首領が処刑されたのは史実だ。 石川五右衛門と五郎左衛門は同一人物と磯田は結論立てた。 「忍術とは泥棒の技」とも言われるように、忍びと盗賊は同類だったと思う。(というか忍者の実態ってそんなもんだった) それを素材にして賊禁秘誠談の作者は当時人気ヒーローだった伊賀忍者と絡めて物語にしたのではなかろうか。 いずれにせよ、史実として伊賀や百地との繋がりはない。 It is historical fact that the man called Ishikawa Goemon was excuted as the leader of bandits in Kyoto. And Isoda concluded Ishikawa Goemon and Ishikawa Gorozaemon were same person. As oftenly said "Ninjutsu is skill of thief" Shinobi and thief were the same kind. (I think that is the reality of Shinobi) Zokkinhiseidan was written based on Goemon-Gorozaemon episode with Ninja fiction. Anyway there's no historical evidence of connection between Goemon and Iga or Momochi. PR |
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個人的メモ
嗟乎以我國士馬之精銳。弓矢之長技。屈於此奴之短兵。 ああ、我が国の士馬の精鋭や弓矢のすぐれた技がありながら、この倭奴の短兵(刀剣)に屈するとは。 We succumb to (the swords of) these Japanese soldiers, while we have excellent archery skills and elite cavalry. 日本之劍。只用於數歩之內。朝鮮之弓矢。遠及於數百歩之外。使朝鮮力戰。難與爭鋒云矣。 日本の剣は、ただ数歩内で用いるだけだが、朝鮮の弓矢は遠く数百歩の外まで及ぶ。もし朝鮮が力戦していたならば、鋒を争うのは困難だったろう。 The Japanese sword works only in close combat, Korean archery is long range weapon. If we fought for our lives,they wouldn't be able to approach us. 寧捨君父之讎。寧以子女與賊。而不肯效死力戰 どうして君父の仇を捨てておき、どうして子女を賊に与えておきながら、死力を尽くして戦おうとしなかったのでしょうか We abandoned our fathers' foe and even tributed daughters to the enemy, why we didn't make desperate efforts? |
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4:00以降始まります。
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正忍記<Amazonリンク 絶版の中島篤巳版はアマゾンで古本に100万の値がついてました。 忍術秘伝書より 著者は、名取三十郎正澄 (藤一水子正武、名取三十郎正武、藤林正武)で、全三巻(序を抜いて)である。 国立国会図書館本は、延宝九(1681)年初秋の三日に書かれたもので、寛保三(1743)年二月(旧暦)に名取兵左衛門(名取三十郎正澄の弟子)が渡辺六郎左衛門に授けた。 忍秘伝<Amazonリンク 永禄3(1560)年、当時19才であった服部半蔵正成が著したものであるといわれる。 ただ、巻之一の「伊賀甲賀傳記」には永禄3年以降の出来事も記され ており、現在伝わる4巻1冊で成る『忍秘伝』は間違いなく永禄3年以降の著作であるので、『忍秘伝』は ①服部半蔵正成が記したものに補筆したもの ②服 部半蔵正成の著作とみせかけた後世の作 のどちらかである可能性が高い。 現代語訳なしの原文のみですが、頑張って読みたい方に。 |
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ニコニコ見たら政治カテで2位になっててびっくらしましたww
で、忍者刀なるものをご存じない方に説明しますと、フィクション刀のひとつで短めの直刀、四角い鍔ということになっております。 いつ頃からこうなったのかは定かではないのですが、少なくとも白土三平の漫画では普通の日本刀ですね。 70年代の映画忍びの衆シリーズの中には直刀の忍者刀が見られます。 このあたりからなんでしょうか。 三重の伊賀流忍者博物館に行くとこの忍者刀が展示されてますが、ここの忍具はすべて博物館設立にあたって作ったものなのでニセモノです。 史実としての忍者刀の存在は確認されてません、忍術伝書にも記載されてません。 しかし博物館にあるものだからかなりの人が信じています。 困ったものです。 ところでチョ忍のステンレス刀ですが、これかなと思われるものを見つけました。 http://scarfamilyditdajow.com/TraditionalJapaneseWeapons_NinjaTo_NinjaSword.htm この御店では85ドル(約7000円) "Crafted from 440 stainless steel"とありますね。 そしてチョ忍が後から出してきた別の忍者刀はこれかな? アメリカでは人気の中国メーカー、ポール・チェンの刀。 http://paulchenhanweiswords.com/iga-ninja-to.aspx "Forged high carbon steel blade"カーボンスチールニダ。(炭素鋼のこと) 伊賀忍者刀とか甲賀忍者刀とか、地元民もびっくりのことでしょう。 |
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軽く年表にしてみました。
2007年 朝鮮忍者が動画を上げ始める。 ユニフォームには合気道のパッチ。 この時点で何人かから疑問の声があがる。 2007年8月 朝鮮忍者が最初の言い訳ビデオを投稿。 Chosonninja's message for Japanese ninja critics 朝鮮忍者はYoutubeに登録してからわずか1ヶ月で1700人ものチャンネル登録者を獲得していたので怪しく感じる。 そのころ、朝鮮忍者にメールをした人物が朝鮮忍者から脅迫メールを受け取る。 その内容は海外の武術フォーラムにアップロードしてある。 http://www.bullshido.net/forums/showthread.php?t=59853 (kno77642という人の"I went to bed"で始まる書き込み) 大まかな内容は、 Quote: 「俺はアジア組み手チャンピオンだった。俺がお前のために用意した相手は日本では有名な犯罪者で現在の組み手チャンピオンだ。 お前はアジアまで戦いに来ることが出来るか?名誉のために戦うことが出来るか?おまえのために違法地下組み手大会を開こう。 俺はお前を殺してやる。忍者をバカにするな。 もう怒ったぞ!山口組の暗殺者は韓国人なんだぞ!わかったか? 俺の電話番号に電話するんだ。お前を俺に会わせるのは神の思し召しだ。 忍者に空手ルールは期待するなよ。」朝鮮忍者は自分は日本人と韓国人のハーフと主張。 しかし日本人が朝鮮忍者にメールをすると答えは必ず「日帝の恨み」と「天皇は朝鮮人」という意味不明なことばかりであった。 2007年10月になると2chで朝鮮忍者が話題になる。 2007年11月頃から朝鮮忍者は哲学ビデオを投稿し始める。「魅力の哲学」とか「物質的愛の哲学」とかカルト色が濃くなった。 2008年 朝鮮忍者はそれまで称していたChosonDTGKarateからNintaijutsuに変える。 2008年3月 ジーザスは気功を使っていたと主張。 2008年8月 最初の朝鮮忍者批判ビデオが投稿されると、朝鮮忍者とその信者が早速釣られる。コメント欄での言い合いによって朝鮮忍者が批判に敏感で激昂しやすいことがわかる。 それを皮切りに朝鮮忍者へのメッセージビデオが複数の人から投稿されるようになる。 その頃から朝鮮忍者はヒストリービデオという韓国史観動画を投稿するようになる。しかしそれが後に朝鮮忍者の病的嘘つきの証拠となる。 朝鮮忍者の嘘の変遷 http://www.youtube.com/watch?v=uO4fJXwn1_k 朝鮮忍者のウリジナルソースは映画でした http://www.nicovideo.jp/watch/sm10791148 2008年9月 今度はNintaijutsuをKorean Stealth Martial Artsと呼ぶようになる。 2008年12月 アメリカ人の忍者研究家が朝鮮忍者の嘘を暴く動画を上げるようになる。 その中の一つ、朝鮮忍者が先祖代々受け継いだ忍者刀というのはポール・チェンの大量生産品。http://www.youtube.com/watch?v=bXSTtL6ygTs 2009年1月 朝鮮忍者のジャンピング手裏剣投げ動画に操作があったことがバレる。 同じ頃、朝鮮忍者はファンに請われて撮ったというインタビュービデオを公開したが、インタビューした仲間がそれはやらせであったことを暴露。 http://www.youtube.com/watch?v=mgjYOnH2uXc このビデオで朝鮮忍者から去る仲間が続出。去る仲間に対して朝鮮忍者はキレ気味の動画をあげる。 その後朝鮮忍者は本を出版するだのDVDを出すだの外国の大学に講師として行くなどと発表したが、ひとつも実行されていない。 2010年7月 信者のアカを使って操作していたことをバラされる。 http://www.youtube.com/watch?v=JEBYdpnRqL8 2010年10月 イギリス人忍者研究家によって朝鮮忍者がニセモノであるというお墨付きをもらう。 http://www.youtube.com/watch?v=5NOAa5Hp9rY これに対してまたも朝鮮忍者は子供じみた嫌がらせビデオを上げる。 http://www.nicovideo.jp/watch/sm12889466 2010年11月 エイベックスとTBSの申立により朝鮮忍者のメインアカがバンされる。すぐにChosunninjaという新アカをつくるものの、元のアカの膨大な再生数が全部チャラになったのはかなりショックだったようだ。 2011年1月 自分の動画にポルノ女優さんらしき人を招き入れ「新しい先生だ」と紹介したところ、信者から猛反発される。 http://www.nicovideo.jp/watch/sm13418868 |
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